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自転車世界旅2 VOl:2


大学の春休みを利用した溝口さんのアジア旅行がスタート。香港からマカオ・中国を経由して、
輪行しながらベトナムへ向かいます。

3月7日
香港→マカオ→中国 珠海
12km

いよいよ始まったアジア自転車旅、初めての世界旅だったヨーロッパに比べて落ち着いていた。
少し海外慣れしたのだろう。
初日から何をしていいか分からずにベンチで夜を越したスペインでの記憶が懐かしい。今回の旅で気掛かりなことと言えば、国境越えだ。EU圏内では国境はあってないようなものだが、果たしてアジアはどうなるか…
また、言葉も英語が通じないことが多く、コミュニケーションを取れるのか…そんな不安。未知の世界に対する漠然とした期待も半分抱きながら、ペダルを漕ぎ出した。

香港は高層ビルが建ち並ぶ大都市だ。そういった都会では自転車は走りづらいと相場は決まっている。立ち込める排ガスと飛び交うクラクションに翻弄されながら、大陸の地を走り出した。国境では言葉に苦労しつつも、想像よりスムーズに香港、マカオ、中国を通過できた。

BRUNO

香港からフェリーでマカオへ。

BRUNO

マカオでは廃墟のような住宅が建ち並ぶ。

3月8日
中国 珠海→湛江
42km

5時間ほどバスに揺られて西へと進んでいく。自転車旅なのにバス輪行?と思うかもしれない。じつは、香港からバンコクまで自転車で走るには、私の春休みは短すぎたのだ。自転車旅で最も危惧すること、それは急ぐことである。時間が無い、もっと速く、もっと長距離走らなければ、そういう思考は人を盲目的にさせる。私は自転車の競技もしているので、速く走る楽しさも理解しているが、少なくとも自転車旅には、その理論は当てはまらない。

自転車旅の目的は、人との出会いや文化に触れることだ。自転車は、その手段としての道具に過ぎない。ただ、走るだけなら日本でもできるはず。自転車で走って、日本では見られないような壮大な景色を見て、いろんなことを経験したい。だから、「急ぐ状況」を回避するためなら、電車でもバスでも使えるものは使う。それが私の自転車旅だ。

BRUNO

中国では道に迷いながら泥に苦戦する。

BRUNO

中国料理はどれも美味しい。本場の手羽先は最高に旨かった!

3月9日
中国 湛江→北海
120km

中国という国に対して良からぬ印象を持つ日本人は少なくない。私もその一人だ。中国人は日本人のことが嫌いなのかな、と思っていたが、全員がそうではないことを確認できた。

レストランでは日本人だと分かると興味深そうに接してくれるし、道端の人でさえ、言葉の通じない私に丁寧に道を教えてくれた。よくある話だが、メディアなどの情報には偏りが生じる。あたかもその国の人全員がそうであるような印象を与えるし、その影響力は大きい。
とはいえ、真実は何かを媒介した時点で真実では無くなるのかもしれない。少なくとも私の経験したことは、今までの認識とは異なっていた。真実に触れられることが、実際に旅して得られる見返りだと思う。
読者の方も、ぜひメディアのなかだけでなく、自分の目で見て、自分の足で旅をしてほしいと思う。

BRUNO

いよいよ本格的に走り出す。今まで見たことない風景が先には広がっていた。

BRUNO

なぜか橋の下に大量に廃棄されたトウガラシ

BRUNO

雨宿りしているとどこからともなく現れる子供たち。結局一緒に遊んで濡れてしまった。

BRUNO

雨なのに外で楽しそうにはしゃぐ子供たち。

3月10日
中国 北海→防城港
165km

中国では電動スクーターに乗っている人が多い。彼らはだいたい30km/hで走っているので、自転車の私とよく並走する。その度に「ニーハオ」と挨拶するのがどことなく心地好い。また、中国では子供を多く見かけた。電動スクーターに乗る母親の背中から顔を覗かせる子供は、とても可愛らしくて、にらめっこしながら自転車を漕いでいた。登り坂になると、私は苦しくて顔を歪ませながら追いかけていくが、それが面白いらしく、キャキャキャとした笑顔が離れぬよう必死にペダルを踏み続けた。

中国の路面はお世辞にもキレイとは言い難い。時には国道でさえ未舗装路になってしまう。Brunoの自転車はそんな悪路も難なく走行できるのだが、唯一の問題はフェンダーに泥が詰まってしまうことだ。泥が詰まる度に車輪を外して掻き出している。作業中にはどこからともなく子供たちがやってきては元気にはしゃいでいる。そんな彼らに元気を貰えるのだから、泥詰まりなど些細な問題に過ぎないのだ。

BRUNO

雨は止まない。自転車で走る楽しさも止まない。

BRUNO

泥が詰まると車輪を外して掻き出す。すると子供たちが寄ってくる。

BRUNO

中国で出会った人たちは皆親切だった。

3月11日
中国 防城港→ベトナム Móng Cái (モンカイ)
115km

これまでに通ってきた香港とマカオは特別行政区にあたり、中国からベトナムへ、初めての本格的な国境越えだ。国境と行っても小さな川が流れているだけである。本当に川の向こうがベトナムなのか?と不思議な感覚だ。しかし、一度その川を渡ってしまえば、当たり前だが、本当に別の国であることを実感させられた。 また、ベトナム人は中国人よりフレンドリーな人が多い印象を持った。バイクで追い越し際に、話しかけられたり、目が合えば笑顔を見せたり、好意的な人が多かったように思う。言葉も食べ物も国を境にがらっと変わっているが、人々の性格の違いにも驚かされたのである。

国境なんて誰かが勝手に決めた境目だろうと思っていたが、こうまでして変化があるのか。島国育ちの私にとって新鮮な体験だった。

BRUNO

国境を越えて中国からベトナムへ。

BRUNO

ベトナムでは見たことない地形が広がっている。

3月12日
ベトナム モンカイ→Tiên Yên (ティエンイェン)
56km

出国してから一週間が経過したが、まだ一度も太陽を見ていない。毎日灰色の低い空がシトシトと細かい雨を降らせている。そのせいか、熱帯ならではの葉の大きいヤシの木などが群生しているわりには暑くない。天気は悪いが、撮影した写真は灰色には染まらず、景色も出会う人も本当にカラフルに写る。色鮮やかな東南アジアは、自転車旅に適した環境なのだと思う。

今日も今日とて日々バンコクに向けて前進しているわけだが、頻繁に野宿していたヨーロッパと違って、毎日ホテルを利用している。理由は安く、治安が悪い地域もあるからだ。宿泊費は一泊1000円しないことが多い。食費も一日500円くらいで済むことが多いので、金銭的にはかなり気が楽だ。
ところが、油断していたら、激しい腹痛と吐き気に襲われた。食中毒になった。何を食べても、水を飲んでも吐き出してしまう。午前中はベッドで丸くなりながら腹痛と格闘していた。走り出しても調子よく走ることができず、「今日という日は最悪だ」と思っていたところで、素晴らしい出会いがあった。
工事現場の作業員たちがゆらゆらと蛇行していた私を呼び止めて泊めてくれたのだ。言葉は通じないけど、試行錯誤してコミュニケーションを取りながら楽しい夜を過ごした。まるで、食中毒が導いたかのような不思議な出会いが「今日を良い日」にしてくれた。初めて出会ったベトナム人と満月の下、バイクに二人を乗りして疾走し、共にカラオケで熱唱した。一生忘れられない体験だった。これこそ自転車旅が運んでくれた運命なのだろう。

BRUNO

泊めてくれた工事現場の人たち

BRUNO

泥が激しいので、バイク屋でオイルを貰ってきて注油する。

3月13日
ベトナム ティエンイェン→Ha Long (ハロン)
82km

工事現場の倉庫で10人ほどの作業員と共に夜を越した。タダで泊めてもらい、食事も出してもらっていては申し訳ないな、と思い午前中は皆と一緒に仕事をさせてもらうことにした。
鉄棒を切断し、金具を作る仕事を任せてもらえたので、宿泊費と食事分くらいは働いて返せただろうか。まさか自転車旅の最中にベトナムの工事現場で働くことになるとは…… 思い返すと可笑しくて笑えてくる。彼らとは良い仕事仲間になれた。

別れを告げて走り出せば、また出会いがある。今度はレストランで食事中のおじさん達の仲間に加えてもらい、2日連続でカラオケだ(笑) だんだんベトナムが好きになってくる。
その国の印象は出会った人の印象で決まるんだ。道路は汚いし、交通マナーは悪い、気を抜けば、ぼったくられていたりもするが、出会う人たちがそれらを上回る好印象を私に与えてくれたんだ。そんな彼らに感謝しながら旅をしている。

BRUNO

一緒に仕事をした。

BRUNO

日本の支援を受けて建造された吊り橋。

BRUNO

初めて会う言葉の通じない人たちと楽しく食事をする。会話手段はジェスチャーと笑顔(とお酒)だ。

BRUNO

2日連続のカラオケで夜遅くまでアドリブのベトナム語で熱唱する。
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